大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

岐阜地方裁判所 昭和35年(ワ)43号 判決 1968年2月24日

原告 後藤直平

被告 合資会社三笠鋳造所

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告合資会社三笠鋳造所を解散する。」との判決を求め、その請求原因として次のように述べた。

一、原告は増野馨より銑鉄、鋳物製造等を目的とする会社を設立するにつき出資するよう申込を受けたので之を承諾し、昭和二三年七月上旬出資金として金二五万円を増野馨に交付してその設立手続を同人に一任した。

二、昭和二三年七月六日被告会社の設立手続が完了したが、その社員として、

無限責任 出資金一五万円 増野馨

有限責任 同一五万円 後藤直平(原告)

同 同一〇万円 樋山鉄平

同 同五万円 加納清一

同 同五万円 山本実

の登記が為された、馨の説明によれば、原告の出資金の内金一〇万円は形式上樋山鉄平の名義にしたが、請求次第何時でも原告名義に変更する約束であるとの事であつた。

三、爾来馨は被告会社の唯一人の無限責任社員として被告会社の業務執行の任に当つていたのであるが、凡そ合資会社の無限責任社員は法律並びに定款の定める所に従い誠実公正に業務を執行し、之を社員に報告し且つ被告会社の定款上年一回決算を為し、利益有らば出資の割合に応じて之を社員に配当しなければならない。然るに馨は被告会社の業務を全く自己の個人営業と同一視し、次のような数々の不正行為を敢てしたのである。

(一)  被告会社は毎年一回決算をして各社員に業務の内容を報告しなければならないのに、馨は設立後十余年間一度も決算報告をしたことがない。

(二)  馨は被告会社の他の社員の同意を得ることなく、会社の金銭を恣に次のように自己の為又は会社の目的外の事項に費消した。

(1)  会社設立以来今日迄馨個人の家庭の全生活費を会社資金中より支弁しているのであつて、その額は昭和二六年以降の分として一ケ月一〇万円を下らない。

(2)  馨は毎月二万五千円の給料を被告会社より受けている。

(3)  馨は自己の生命保険契約上の保険料を被告会社より支払つている。

(4)  馨は妻の妹澄子及び美智の結婚費用の大部分を被告会社より支出した(何れも昭和三二、三年)が、その額は数十万円を下らない。

(三)  社員異動についての不実記載

(1)  社員山本実の退社

山本実は昭和二六年四、五月頃被告会社より退社し、その出資金一五万円の返還を受けた。

(2)  社員加納清一の死亡

加納清一は昭和三〇年六月六日死亡したので、その退社の登記をすべきであるのに、清一の相続人加納惣一が主宰する訴外東洋銑鉄鋳造株式会社に対する債権回収の手段として加納惣一に返還すべき出資金一五万円と差引計算した。

(3)  社員樋山鉄平の死亡

樋山鉄平は昭和二五年九月一七日死亡したが、同人は実質上何等出資をしていないから、その持分を相続人が相続することは有り得ない。

(4)  以上の次第で、山本実、加納清一、樋山鉄平はいずれもその持分を他に譲渡したことがないのに、各その持分を、山本実は横山正一へ、加納清一は増野千年へ、樋山鉄平は樋山真道へ、それぞれ譲渡した旨の虚偽の証書を作成し、且つ原告等有限責任社員の同意書を偽造した上右各社員の入社による変更登記手続をしたのである。

四、原告が昭和二三年七月被告会社の設立に参加し、当時としては大金の二五万円を出資したのは利益を目的とする行為である。馨としては被告会社の代表社員として公正に会社の業務執行を為し、会社の利益は挙げて之を出資者に配当すべきは云う迄もないのである。

然るに馨は被告会社の設立後今日迄一回の営業報告、一回の利益配当もせず、自己の私用に会社の資産を浪費すること前記の通りであり、而もこの事情は一向に改められる見込がない。加え何等の出資をしない非社員を社員として取扱い(かかる非社員の入社登記の抹消等請求訴訟は目下係属中である)、多額の出資者である原告を蔑ろにするようでは、到底原告と馨と協同して会社を運営することは不可能であるから、商法第一一二条にいう已むことを得さる事由あるものとして茲に被告会社の解散を請求する次第である。

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として次のように述べた。

一、原告主張の一、の事実は、原告の出資金が二五万円であるとの点を除き認める。馨が原告から受領した金額は一五万円である。

二、原告主張の二、の事実中その主張の如き登記が為されたことは認め、その他は否認する。

三、同三、の事実は、冒頭の前段の事実と、加納清一及び樋山鉄平が原告主張の日にそれぞれ死亡したことのみを認め、その他は否認する。

四、同四、の主張は、原告主張の訴訟が係属している点を認めその他は争う。

証拠<省略>

理由

一、成立に争いない甲第一〇号証の一乃至七によれば、原告の被告会社に対する出資金が二五万円であること、内金一〇万円を名義上樋山鉄平の出資とし、原告の出資は金一五万円と登記されたが、樋山の出資金の登記は請求次第何時でも原告名義に変更する約束であつたことを認めることができるのであつて、原告主張の一、及び二、の事実中その他の点は争いがない。

二、増野馨が被告会社の唯一の無限責任社員で会社の業務執行を担当していたことは当事者間に争いがない。そこで馨に原告主張の如き各種の不正行為があつたか否かについて検討を進める。

(一)  前掲証拠のほか成立に争いない甲第一〇号証の八によれば、増野は原告に対して正規の決算報告をせず、又原告の会社帳簿の閲覧の申入れに対しても、兎角遁辞を設けて之を避けようとする態度を執り、その記載も不正確であることなどの事実を認めることができる。

(二)  右証拠のほか成立に争いない甲第六号証の一乃至四三、第七号証の一乃至一三、第八号証の一乃至七、第九号証の一乃至一二によれば、馨は給料名義で毎月数万円の金銭を被告会社から支払を受けているが、それが正規の給料なりや否やは疑があるが、いずれにせよ被告会社の金銭の収支の取扱方は頗る杜撰であつて、右金銭の支払はその額も確定していないので、随時馨の必要に応じて支出され、澄子や美智の結婚の費用もその中から支払われたものではないかという疑もある。

(三)  加納清一、樋山鉄平が原告主張の日に死亡したことは争いがなく、前掲証拠のほか成立に争いない甲第一号証、第二号証の一乃至六によれば、原告が請求原因三、(三)において主張するように、有限責任社員山本実、同加納清一、同樋山鉄平は死亡又は持分の清算によりすべて退社していて、横山正一、増野千年、樋山真道は何等持分を譲受けていないのに之を譲受けて入社した旨の虚偽の登記が為されており、之は馨が原告に無断で処理したものであることが認められる。

三、以上の証拠によれば馨は被告会社の設立以来今日に至る迄正規の営業報告をせず又社員に利益配当をすることなく会社の経営を独断専行しており、会社の経理についても大口出資者である原告の度重なる要求にも拘らず之を明かにせず、前示のように経理が杜撰で会社財産と個人資産との区別も明確でない面もあり、しかも非社員を勝手に社員として登記するなど専横な振舞があつて、既に原告との間の信頼関係は破綻しているものと認められる。

四、以上の事実関係において被告会社の解散を請求する已むことを得ざる事由ありやを考察するに、原告は昭和二三年当時としては相当多額の金二五万円を被告会社に出資し、その運用により利益をはかることを目的として無限責任社員たる馨にその運営を委ねたのに、馨は恰も自己の個人企業であるかの如く振舞つて原告を蔑ろにするので、原告は最早馨と共同して被告会社を経営することは不可能であるとの心境に達したものと認められる。

併し乍ら他方被告会社はその設立後既に二〇年を閲しているが、会社は一の経済的社会的存在として独自の意義を有し、内部的には従業員を抱え、対外的には取引先との間に債権債務の関係を生じているが、一度会社が解散するとなれば、会社財産は清算価格により会社債務の清算の為分配されることとなり、利害関係人に多大の影響を与えることを免れないのであるから、会社は可能な限り解散を避けてその企業を継続することが望ましいのであつて、茲に企業維持の原則の適用を見るのである。

しかも前示のように原告は当初より被告会社の経営の実際に関与したことなく、その目的は自己の出資による持分権を保護し得れば足るのであるから、真実被告会社に持分を有しない非社員は之を会社から排除すればよく(非社員たる訴外横山等の入社登記抹消等請求訴訟が係属中なることは争いがない)、又会社の業務や財産の状況を検査する法律的手段も有る(商法第一五三条)のであるが、斯様な手段によるも十分でなく、飽く迄会社との関係を絶つことを欲するならば、退社することによつて会社との間の持分関係を清算することも可能なのである。

以上の通り被告会社は当初より唯一の無限責任社員たる馨が経営の衝に当り、現在もそのように運営されているのであつて、原告は経営の実際に参画せず、たとえその間に不和を生じ信頼関係が破綻しても、被告会社の経営そのものは別段行き詰ることもないのであつて、かような場合は未だ商法第一一二条にいう已むことを得ざる事由ありということはできないのである。

五、よつて原告より被告会社に対し解散を求める本訴請求は失当として之を棄却することとし、主文の通り判決する。

(裁判官 小西高秀)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例